ヨーロッパ通信 TOPページへ   サンドミエシュより

サンドミエシュ(2005年8月9日)

サンドミエシュの旧市街地。石畳の道が続く。

オパトフスカ門(Brama Opatowska)14世紀に4つの門の要塞が築かれたが現在この門だけが残っている。門の上に上って(高さ30m)町を一望できる。

市庁舎。14世紀に建てられたゴシック様式に、その後ルネサンス様式の屋根部分が後から増築された。


サンドミエシュはクラクフから東へ160km、ワルシャワから南へ200kmのヴィスワ川沿いにある古都で、7つの丘の上に町が作られていることからポーランドの「小ローマ」とも言われている。西ヨーロッパとロシア間の重要な貿易ルート上にある町としてポーランドでもブレスラウ、クラクフと同様に栄えた。サンドミエシュが最もダイナミックに発展したのは、カジミエジュ大王(1333-1370)の支配下で、4つの門を持つ町の要塞は(現在はオパトフスカ門のみが残っている)はこの時代に作られた。16世紀、ヤギェオ時代にお城は建て直され、町の建築物にも新ルネッサンスの影響が見られる。多くの芸術家、音楽家、学者が集まる文化都市として栄えた。しかし17世紀、スウェーデンとの戦争(1655-1660)で町は破壊され、経済的に衰退する。1795年、ポーランドがロシア、プロイセン、オーストリアに分割されると、サンドミエシュはオーストリアの支配下になり、ワルシャワなど他のヴィスワ川沿いの町から切り離された。1815年のウィーン会議でポーランドの一部に戻ったが、ロシアの影響を受けた。その後、KielceやRadomなど周辺の工業都市として発展した町と比較すると、ヴィスワ川の古都は学校や教会(人口2万7千人の町に、なんと9つも教会がある)などがある宗教・文化的な中心都市として留まっている。
 観光の見所は、ほとんどが旧市街地にあるため徒歩でのんびり回れる。町の中心の広場に建つ14世紀に建てられた市庁舎の周りには、カフェ、レストランがあるので 観光に疲れたら、ポーランドビールでも飲みながら一休みするのもいい。(鳥)
お城。現在残っているのは西の一部分だけ。17世紀スウェーデンとの戦争で破壊される。10世紀-12世紀に木造建築の城が作られ、14世紀カジミエジュ大王が石造りに改築、その後16世紀にはルネサンス様式に作り直された。一時は牢獄として使用されたが、今日では民俗博物館になっている。

旧市街地の中心部。お土産や、食料品店、本屋などが並ぶ。


大聖堂。14世紀に建てられる


ヤコブ教会。1226年ドミニク修道士により立てられる。ポーランドでも最も古い教会の一つ。
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