ヨーロッパ通信 TOPページへ   サンドミエシュより

サンドミエシュ 地下道の旅(2005年8月8日)

クレンピアンカ・ハリナの伝説が地下道の入り口。(13世紀、タタール人がサンドミエシュを襲撃した際、タタール人の首長を財宝がある部屋へ導いた女性がクレンピアンカ・ハリナ。そこにはサンドミエシュ軍隊が隠れており、やって来た首長をやっつけた、彼女が町を救ったという伝説)


ポーランドの古い硬貨のレリーフ

サンドミエシュはヴィスワ川沿いという地理的条件から、昔から商業・貿易・交通の町として発展し、町の家々には貯蔵室として地下室が作られてきた。1968年、旧市街にあるキオスクが突然、姿を消す!?という珍事件が発生した。この地域一帯はレス(黄土)からなり、時が経つにつれ地層が緩んで地盤沈下が起きてしまったのだ。次々と町の家々が沈下するという事態が生じ、町の保存が叫ばれるようになり、サンドミエシュの旧市街地の修復が始まった。数々の地下室は、現在観光目的で保存された一部を除いて、コンクリートが流され埋め固められてしまった。1977年、地下12メートル、全長470mに及ぶ地下道が完成し、今や町の観光名所の一つとなっている。この地下道は3層からなり、階段を下りたり上ったりしながら、徒歩で20分くらいで見て回れる。地下道通路は、一部15世紀当時の壁を残しつつ、新しいレンガで補強され、サンドミエシュの歴史を物語る可愛らしいレリーフがあしらわれている。地下道を進んでいくと、一部中世の囚人の足かせや処刑に用いられた斧など、オドロオドロシイ部屋もあるが、農家で使われていた台所道具やこの地方で発掘された食器、古い建築物の一部なども展示されている。出口は旧市街地の中心にある市庁舎になる。(鳥)



1655−1660年のスウェーデンとの戦争でお城が破壊されてしまった

中世の農民の様子



学校の遠足で訪れた生徒たちが残していったワッペン

地下への入り口

タタール人の襲来を描いたレリーフ


ポーランドの中世の騎士

古い壁の一部も残されている


階段を下りたり上ったり。中は夏でもかなり涼しい

囚人を処刑した斧
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