ヨーロッパ通信 TOPページへ     ティミショアラ より


  “小さなウィーン”と呼ばれる街(2007年3月22日)

カラフルな建物が広場に並ぶ


市内もよく整備されている

マリア・テレジアが馬小屋に使った建物は今はスポーツ場に

西欧各都市からの直行便が首都以上に多い便もある西の街ティミショアラ(Timişoara)。ルーマニアの中でも発展した都市であるため外資系企業が多く駐在している。その中でも特にイタリアの企業が多く人々の挨拶も「チャオciao」だ。

ここの発展のひとつは街並み・インフラが整っていること。オーストリア・ハンガリー帝国の支配下にあった時期の影響から「小さなウィーン」と呼ばれていただけあり、建物や広場も色鮮やかながらも統一感があり美しい。

ルーマニア各種企業の発祥がティミショアラであることも多く、食品から電気までシェアが国内最大のものもある。西の資本主義メンタリティーも早くから浸透しており、資金運営に優れ各事業・行事の運営も大掛かりで派手であることは有名だ。仕事に対しても意欲的・積極的な人が多く「ここはルーマニア?」思ってしまう。

もうひとつ、このティミショアラは89年のチャウセスクの革命が始まった都市として知られている。革命の舞台となった広場は今も独特の「静けさ」を感じる時間が流れるが、それはここを通る誰もがきっと当時を回想するからだろう。「Azi la Timisoara, Maine la toata tara 今日はティミショアラ、明日は全国へ」と革命の広がりがうたわれたが、現在でもこれをティミショアラに発祥地あり、と工業・ビジネスに対して冗談として唱えるようだ。

西に近いとはいえ、この明るさ・発想はやはりやはりルーマニア共通である。(凛) 

リンク 観よう! 教会地下博物館


革命の舞台・勝利広場沿いの建物に残る銃弾の跡

毎年12月に革命を振り返るセレモニーが広場で行われる
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